Brother 職業用足踏みミシンの修理
2008-12-26 (Fri) 22:28
いよいよ年の瀬!しかも熊本もいよいよ冬らしく寒くなってきました。最近の修理ではなぜか職業用ミシンのご依頼がとても多くなっています。

こちらのミシンも職業用ですが、はじめは生地の送り歯が上まであがらず、縫っていても生地が進まなかったため、また動作も重く、それらの修理のご依頼をうけました。
何十年も使っていなかったそうで、そのために油や埃でがっちり固まっている状態でした。
一度目はお客様のお宅におじゃましましたが、修理後大変軽くなって調子がいいということで、後日分解掃除のご依頼を受け、店舗にもって来ました。
このミシン、あらためて分解して本当によかったんです。むかしにおそらく生地から出た埃が内釜周辺にぎっちり溜まっていて、ボビンケースがはまらないほどでした。
年末ですからこちらのミシンも大掃除です!奥まできれいにします!!
スポンサーサイト
アンティークミシン STOEWER
2008-12-18 (Thu) 00:27
アンティークミシンのメーカーの一つ、STOEWER(ストーバー)について19世紀からドイツは品質や価格で優れたミシンを製造していました。 その歴史の中で、ストーバーはドイツで2番目に早くミシン製造を始めたメーカーでした。 当時は、ミシン自体が一般に認知されておらず、開業当初は一部の縫製業者にのみしか製品が売れずに苦戦しましたが、口コミで評判が広まり、ストーバーのミシンは徐々に販売数を上げていきました。
ストーバーのアンティークミシン


SOTEWERについて
STOEWER MUSEUM(英語・ドイツ語)
→英語ですがSTOEWER MUSEUMのたくさんの写真だけ見てもおなかいっぱい。
Googleの画像検索「STOEWER」
→ミシンよりも車の写真が多いです。レトロな車が新鮮です!
ストーバー自身は非常に開拓精神あふれる人物であったらしく、やはり当時は希少だった自転車やタイプライターの製造も手がけました。 また分岐した会社が自動車を製造も始め、ミシンを含めたこれらの工業製品によってストーバーは成功を収めました。
残念なことに、第一次世界大戦の影響で生産が激減し、またあまりに大きくなりすぎた会社は1900年代初頭の経済危機を乗り越えられず、ストーバーが設立した会社自体は1933年に閉じました。 しかし、残った工場や技術を買い取った会社はストーバーの名前を残したまま自動車やバイク、自転車の生産を続け、彼の工場があったStettinが第二次世界大戦後にポーランドの支配に移るまで生き残りました。
Stoewer Museumには彼の会社の製品が数多く展示されており、また世界のどこかで毎年行なわれるストーバーミーティングには多くのファンが今尚集ってるそうです。
アンティークミシン HENGSTENBERG & Co.
2008-12-10 (Wed) 14:38
ドイツのアンティークミシンメーカー、HENGSTENBERG & Co.(ヘングステンベルグ)をご紹介します。HENGSTENBERGは1876年にKarl Schmidt(カール・シュミット)により創業された会社で、当初はレザー用のミシンを生産していました。私の私見ですが、革用つまり職業用のミシンを生産していた会社のアンティークミシンは、品質や縫う機能面で優れたものが多いようです。1878年からは家庭用ミシンにも進出しま生産量を伸ばし、1883年に社名を正式にHENGSTENBERG & Co.に名乗るようになりました。この頃の会社のロゴは、三塔からなる西洋の古城をデザインしたものです。その後、経営にAnker Westfaliaが加わると、ロゴに碇のマークを使うようになりました。

1800年代後期の土台まで鋳鉄で出来たアンティークミシンです。金彩模様はかなり残っていますが、劣化が見られます。このような黒い塗りに金色の装飾は、日本の漆塗りにヒントを得たとも言われています。残念ながらシャトルがずいぶん昔に失われてしまっています。

1890~1900年ころのフィドルベースのアンティーク手廻しミシンです。金色の薔薇柄と緑の葉の模様が少し残っています。ベッドの形はアールヌーボーの影響を受けたバイオリン型で、その中央には螺鈿細工が埋め込まれています。ボートシャトルも付属していて縫うことが出来る状態です。ケースもあります。

ベッドが矩形になった1900年代のアンティークミシンと思われます。状態はかなり良く、90%以上デカールが残っています。ベッド中央にはやはり螺鈿が埋められています。このミシンは糸目もかなり綺麗に縫うことが出来ます。